天の神様にも内緒の 笹の葉陰で


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梅雨の晴れ間となった平日の昼時分に顔を揃えて、
双方顔見知り同士のちょっと恐持てな男衆らと、
それぞれへの応援のご家族が何組か。
簡易なものとは言え、バックネットとベンチつき、
ダイヤモンドの範囲だけは ラインも引かれて地ならしもされてある、
河川敷の原っぱに設けられた野球用グラウンドに集合し。
持ち寄ったお弁当を開きつつ、
素人のそれにしては結構熱心な、草野球の会が開かれて。
平日でも体が空いてる顔触れといや、
まずは自営業の皆さんが相場だが、

 『タケ、素益坂下のあの悶着、
  お前ンとこの若いのやった そやないか。』

 『そっちにまで聞こえとったか、面目ねぇ。』

 『すんません。
  ツレが馬鹿にされたいうて、頭に血ィ昇ったらしゅうて。』

多くは語らぬが察しておくれ、多くは訊かぬが察してやるからという会話を、
鋭い眼差しと 鈍い迫力の染みたお声で交わし合う、
ちょいと特殊な、でも歴史は結構長いだろう業種の 自営業の方々と、
ひょんなことから縁をつないでしまった最聖のお二人。
まま、直接の知り合いである竜二さんのご家族は、
口調や態度がちょっぴり荒くて恐持てだとはいえ、
ご主人自身も根は義理堅い、気のいい人みたいだし。
こちらも多くは語れぬ素性なの、多くは聞きませんとした上で、
何かと気を遣い、行楽へのお誘いの声も掛けてくれる、
なかなかに懐ろも広いご家族なため、
気がつけば いいお友達というお付き合いも深まっており。

 「では、4−3で アケボノ町の勝ちということで。」
 「おおっ!」
 「あざーっしたっ。」

先にも述べたが、
素人の草野球とはいえ、勝負ごとには違いなく。
勝ちにはこだわる熱心さで当たった末の決着に、
皆さん、重々満足なさったか、
ああ、いい汗かいたという笑顔で両軍が境を無くして入り混ざる。

 「最後に出て来た兄さんは、またいいフォームしてたやないか。」
 「そっちの新顔か?」

ちょっぴり不思議な展開には
単なる飛ばっちりと解釈して眸をつむったとしても(笑)
バット一閃、ああまで深々と飛ばしたバッティングは只者ではないと。
そこは“腕に覚えのある”皆様だけに、
鋭い慧眼にて見抜いてのこと。
直接の関わりがあるという、
アケボノ町側の兄貴分代表にあたろう竜二さんへ、
見かけぬ顔だ、どういうお人だとの声も飛ぶが、

 「いやまあ、他所から息抜きに来ておいでのお人らで。」

恐持てな兄ィが、珍しいほど遠慮して、
深い事情がお有りみたいでと言葉を濁せば。

 そういやあの大騒ぎのすぐ後で、
 ヒットマンがどうの、毎日狙われてなさるだの、
 なかなか物騒な声も聞かれたぞ、と

そこはそれ、そちらの顔触れもまた、
方向性が やや一般とは大きく異なるものの、
察しのいい方々が揃っておいでなだけに。
疎まれる方向で怪しまれた末に、
ご迷惑を掛けるならともかく、

 “そかー、あのロン毛の兄ちゃんが どこぞかの二代目で。”
 “ほんじゃあ、
  あのパンチの兄さんは 義兄弟か何かっちゅうことか?”

微妙に斜めだが、
大まかなアウトラインは間違ってないようだし。(…そうかな)
何とはなく、そういう方向で“察して”いただけている模様。
ともあれ、とんだ珍事も過ぎればただの思い出で、
ああ暑かった、いい汗かいたと来て、
じゃあ帰ろうかではなく、
これからどっかで飲むぞーっという流れになる皆様なようで。

 「兄ィたちも寄って来やせんか?」

何枚もの濡れタオルやドリンクカップを、
氷も解けて空になったクーラーボックスにまとめたり、
使った紙コップや弁当を詰めて来た折り箱をごみ袋にまとめたり。
そこいらに放置して地域の皆様にご迷惑は掛けません、
子供たちにも小さいころからの躾けが大事と、
姐さんたちがお片付けに勤しんでいる、そのお手伝いをしていた、
頼もしい上に よく気も回る助っ人のお二人へ。
竜二さんがお誘いの声を掛けたものの、

 「いえ、もう十分御馳走していただきましたし。」
 「親しい皆さんの積もるお話にまで混ざるというのも何ですから。」

それはそれは朗らかに、
目礼つきで折り目正しいご挨拶を寄越されては、
無理強いになるようでそれ以上のお誘いも憚られ。
それじゃあと先に帰ってゆくお二人を、お気をつけてと見送る彼らであり。
なんてことない物腰のやり取りと、なんてことない後ろ姿だというに、

 “なんて神々しい…。”

こういう筋の人には験をかつぐ意味から信心深いお人も多いので、
隠し切れない そういう気配を察してか、
畏敬の念を知らず払う人もいたかと思えば、

 “なんて隙のねぇお人たちなんだろか。”

その近づきがたい存在感を
ずんと別なものへ勘違いするお人もいるようだが。
まま、そこはもう、
お互いの基本的な仕様(スペック)が根本的に異なるのだから仕方がない。
そんなこんなで、執拗に食い下がられることはないのを、
根はいい人たちだもんねと、
こちらさんでもすっかりそういう方向で馴染みつつ、

 「暑いねぇ。」
 「そうだねぇ。」

まだ微妙に梅雨は明けてはないらしいというに、
このままもう夏だとして良いだろうお日和だねぇと。
土手に沿うて居並ぶ桜並木の木洩れ陽越し、
昼下がりの陽差しを目許を細めて見上げるイエスとブッダだが。
まだまだこの程度では、
足取りも軽やかだし、さほどの弱音も出ては来ずで。

 「静子さんのお弁当、久し振りで美味しかったねぇ。」
 「うんvv」

こういうお弁当持ち寄りの行楽となると、
魚や肉を調理出来ないブッダの事情を御存知の静子さんが、
じゃあ あんたはご飯を担当だよと割り振ってくれるので。
塩加減も握り加減も絶妙な 塩にぎりや、
行楽の種類によっては味わい深い稲荷ずしを山ほど用意する代わり、
イエスには 久々に肉や魚のお総菜、たんと食べられる良い機会となり。
今日のはエビチリ風のケチャップ煮と串揚げが美味しかったと言いかかり、
とはいえ、

 「…あ、えとあの。////////」

日頃のブッダの頑張りも、
ようよう知っているし感謝しているイエスなだけに。
あんまり褒めそやしてはと、
遅ればせながら はっと気づいて言葉を濁せば、

 「ほら、気にしないで。」

家から持って出た、
今は空っぽの大きめのタッパウエアの入ったトートバッグを
そのまろやかな肩にひょいと揺すり上げたブッダ、

 「キミにはむしろ、
  こういう機会にこそ うんと肉や魚を食べてもらわないとね。」

そうでないと困ると言いたげに、
優しい造作のお顔に映える、
柳葉みたいな眉を軽く寄せまでする彼で。
無理をした作り笑顔ではないらしかったが、

 「でもでも…。」

毎日の食事に関しては、
他でもないイエスのためにと、心を込めてくれる人だと知っている。
お座なりにせず、手間も惜しまず、
自分のおやつを削っても食費は削らずと、

 “頑張ってくれているのにね。”

いくらブッダからの愛が広く深くて居心地がいいとはいえ、
どうしてこうも、私って大雑把が過ぎるのかなぁ、と。
ついつい油断する甘さを、今日はさすがに後悔した彼なようで。

 「……。」
 「? イエス?」

とうとう、恐縮しきりなまま
立ち止まってしまったイエスだったのと向かい合い。

 “もうもう…。//////”

反省しきりだと判っておればこその、淡い苦笑を噛みしめて。
彼のややごつごつ筋張った長い首元へにかかっていたタオル、
端っこをひょいと摘まんでこめかみ辺りの汗を拭ってやりながら、

 「これから暑さも本番になるんだもの。
  スタミナもつけてもらわないと、
  油断しているとバテちゃうでしょ?」

とはいえ、私には肉を調理できないって関門があるのだ、
そうともなれば、ここは外食とか他人様とかを頼るしかないじゃないと。
至って整然とした理屈から、
ちゃんと納得なさっておいでのブッダ様だったようで。

 「でもね…。」

今日は東京タワー土産の帽子をかぶっていたイエス、
うなだれたままのお顔の陰から ぼそりと付け足したのが、

 「私の血肉のうち、
  地上に来てからこっちの分は、
  間違いなくブッダの手で作られているのだから。」

四角いお言いようでそんな風に紡いでから、
ぽそりと、冠の位置を避けつつ自分のおでこをブッダの肩へ乗っけると、

 「感謝してるし、愛してるよ?」

 「〜〜〜〜っ。/////////」

とうに土手の上からも遠ざかり、自宅へ向かう中通りの中途のこと。
暑いお日和とあって通る人影はないものの、
道の左右には その軒下に色濃い陰の落ちる、
どなたかがお住まいの家並みが連なっており。
耳を澄ませば、ワイドショーだろか テレビの音だって届くほど。
うわわっと真っ赤になってしまったブッダが、
ご近所の目があるやも知れない処という
具体的な意味合いから“周囲”を意識したかどうかは知れぬが、

 「ちょ…っ。////////」

イエスがこういう表現へ臆面もないのは今更だとはいえ、
よそびとの気配もなくはない場というのは、さすがに照れも倍増されるよで。
とはいっても、邪険に振り払えないのは、
慈愛からか人性からか、
はたまた…イエスに対する惚れた弱みからだろか。
片や、

 「……vv」

ふるると震える姿も愛おしい如来様の、
真っ赤に熟れた頬や耳朶から
いつもの甘い香りが立ったようなのへ、
それを自分への思慕だと、率直に拾ったらしいヨシュア様。
自分の心ない言いようを許してくれたのだねと、
やっとこちらも納得に至ったらしく
お顔を上げて ふふーと微笑うのがまた、

 “……もうもうもう。//////”

癪というのは言い過ぎながら、
たとえば もうちょっと物慣れたお姐さんみたいに、
はいはい判ってるよなんて、軽く微笑っていなすよに
受け流せない自分の青さも ちょっぴり口惜しい釈迦牟尼様で。
いくら文化の土台が違うと言ったって、
イエスと自分には なんでこうも、余裕という差が出来るのかなぁと。

 「〜〜〜。//////」

口惜しい想いがしたのへの八つ当たり半分、
上目遣いになって拗ねて見せれば、

 「あ…。//////」

それこそ無自覚のことだろに、
だからこその威力も多大、被害は甚大というレベル。
軒下に並んだプランターに群れなして咲く、
小ぶりなアジサイやインパチェンス、
マリーゴールドに ガザニアといった、
緑もゆかしい初夏の小花の可憐さが
同じ視野の中にあっても 一際映える瑞々しさにて。
それは高貴な、それでいて初々しい、
咲けば大輪の富貴さたたえるが、
でもでも今はまだ蕾という、やさしい蓮の佇まい。
しっとりした中に、甘い花蜜の香りもての馥郁と。
これもまた可憐な淡い色合いを やわらかく輝かせ。
あなたにだけ咲いたんだからねと やや拗ねておいでなのが、

 “うわぁあ、それは反則。/////////”

最初に困らせたのは果たしてどちらだったやら。
うひゃあと舞い上がりかかる胸元を、
骨格のはっきりした大降りの手で、
シャツごと わしりと掴み絞め、

 「……ブッダ。」
 「なぁに?」

あくまでも怒っているワケじゃあないけれど、
こんなに含羞ませてどうするつもりと、
そういう拗ねようをしておいでの愛しいお人。
ああこういう可愛げって、キミ、元からは無かったでしょと、
そこへも ほわんと浮かれつつ、

 「早く帰らない?」

もしょりと囁いてのすかさず、伝心にて

 《 わたし、これ以上 キミを困らせるのヤだし。》

 「……っ。/////////」

玻璃の双眸にやや陰りをもたらすよう、
彫の深い目許を伏せもて、そのまま何へか誘なう素振りつき。
こちらだってそこに自覚はない所作であり、
ただ…そんな言動 付け加えるところが、
神の子でも小狡くなっちゃう、恋の不思議ということか。

 「〜〜〜。///////」
 「ね? 暑いし、早く帰ろvv」

ほわりと微笑う笑顔には、
お願いしますという片手で拝む所作もついていて。
これにはさしものブッダでも、
負けてあげるか…と歩み始めてくれる寛大さ、
示す他はないようで。
しょうがないなぁ、ごめんごめんと、
くすすとお互いに笑い合い、

 アイス買って帰ろうね
 あ、今 食べちゃうとお風呂上がりは無しになるよ、と

それもまた彼らの間のお約束か、
無邪気な会話で他愛なく通常運転へ戻った二人を、
植木棚の下で涼んでいた猫が、
くあぁあと欠伸混じりに見送った。
いかにもまったりとした午後が過ぎゆく、下町の一景なのでした。




お題 3 『同じ歩調』






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  *何でしょか、関東地方はここ数日、
   すっきりしないどころか、
   時々豪雨が襲うようなお天気だったそうですね。
   こちらは もはや梅雨明けと言って良いほどの夏日和だったので、
   東京が舞台だってのに、ついのこと、
   こんなお日和の話で始まっててすいませんです。

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